文: 浅見旬
写真集、その天体
Editorial|2026.03.02

four books. 45th Ed. / Wolfgang Tillmans (TASCHEN, 2025)
届いたのは『Wolfgang Tillmans. four books.』(2020)。ウォルフガング・ティルマンスがこれまでにタッシェン社から刊行した4冊の写真集、およそ30年にわたる作品群をまとめた5冊目となるこの本は、作家自身によってデザイン・編集が施された記念碑的な一冊⸺と概要にある。『Wolfgang Tillmans』(1995)、『Burg』(1998)、『truth study center』(2005)、『Neue Welt』 (2012) が合本され、手に持つとずっしりとして厚い。家に本が届く日は嬉しい。どこに置いたかわからないカッターを取りに行くのは煩わしいので、台所のハサミを使って注意深く、圧着された薄い包装ビニールを剥がす。Wolfgang Tillmans、four books。ハードカバーを開くと、本の小口をカバーしている紙が1ページ目まで回り込み、この1枚がささやかながら機能的で、本のイントロダクションまで兼ねている。表紙裏の波の写真は、ホンマタカシによる近著のテキスト・ブック(『seeing itself 新しい写真のために for new photography』)の表紙にある波写真に比べると極端に水平線の位置が高い。前者は海を見下ろすかたちで、後者はほとんど横から海を見ており、その視座の違いからくるものか。
four books. 45th Ed. / Wolfgang Tillmans (TASCHEN, 2025)
はじめの8ページは、写真とともに断片的なフレーズが続き、9ページ目からいよいよ1冊目の『Wolfgang Tillmans』のパートに移る。断片的なフレーズというのは多くが時間・距離についてで、例えば「8 years ago was the year 2012.」「8 years from now is the year 2028.」とはじまる。2012年は4冊目の『Neue Welt』 が刊行された年にあたる。こうした、ある周期を感じさせる時間の示し方は、作家が天文学に並々ならぬ情熱を燃やしていることと関係があると見たい(曰く、ティルマンスは10代の頃天文学に「取り憑かれて」、いまでも自分が初めて皆既月食を見た正確な日付⸺1978年9月16日⸺を覚えている。彼は当時10歳だった)。サロス周期に則ると、月食(日食)は(同地・同条件において)約18年と11日(約6585. 3日)ごとに繰り返される。単純な計算をすると、この本が要約する作家の活動の間に月食(日食)は最大で2回しか訪れていない。
four books. 45th Ed. / Wolfgang Tillmans (TASCHEN, 2025)
1つの出版社から4冊の本が出て、各国の美術館においていくつかの個展があり、あまたの被写体を見つけ・状況に出くわし、星の数ほどシャッターを切り、としている間に、3つの星が重なるのはわずか1、2回なわけだ。この厚い写真集に収まる人物や動物・風景は、次の18年周期が訪れる頃にはどれほど残っているか。ティルマンスは「Life is astronomical(生命は天文学的である)」とも話す。ちなみに、8ページ目に来るこのシークエンスの最後のカットは『Sun, 1987』である。この本のなかに張り巡らされた、美学的あるいは人文的な周期を予感させる。ここでいちど、1ページ目に戻る。
four books. 45th Ed. / Wolfgang Tillmans (TASCHEN, 2025)
カバーを開いたときから気になっていたのは、この、1から4ページ、5から8ページの造作についてだ。それぞれページ右上の角が10mmほど内側に折られ、ページとページが薄皮一枚で繋ぎ止められたようなかたちになっている。すなわち、2・3ページの見開きと、5・6ページの見開きが、完全には開かない。天一部アンカットと言うべきか、このきわめてフラジャイルな袋とじ仕様のページに、少しの間手を止めて考える。ハサミを台所に仕舞い、パソコンを開いて調べるによると、やはり、いま手元にあるこの本は折丁不良だ。本屋青旗のECサイト上で見るこの本の商品写真は、そんな風にはなっていない。
こうした本、角折れ、折丁不良による断裁漏れの本は年に数回(3ヶ月に1度くらいの周期で)、手元に訪れる。折丁(大きな紙を折った束)の角がなんらかの理由で内側に折れたまま、本来そこで断裁されるはずの部分が切られずにそのまま綴じられたことによって出来上がる不良本だ。文庫本や人文書において同じような不良本を手にしても、これまで立ち止まることはなかった。ただ「そういう本だ」と納得して、それを本屋に返したこともない。しかしこれはティルマンスの、ある時期における集大成的な一冊である。さらに言えば、展示でピンやマスキングテープをラフに使った壁への直貼りといった一見カジュアルな仕様もすべて(美術館での大規模展であっても、ギャラリーでのささやかな個展であっても)必ず縮尺模型を用いて空間構成をシミュレーションし、1ミリ単位の配置指示を出すと聞くティルマンスだ。
NOTHING COULD HAVE PREPARED US – EVERYTHING COULD HAVE PREPARED US / Wolfgang Tillmans (Spector Books, 2025)
この偶然、あるハプニングがもたらした一冊、たまたま自分の手元にある一冊の折込不良に揚げ足をとって、ましてや作家について語るべきではない。けれど写真家は、写真に写る画面のすべてを思いのままにコントロールできるわけではない、ということも考えたい。写真にたまたま映り込んだ通行人や街の看板や道端のゴミは、プリントして気づくことがある。(実際、ティルマンスの『Lars in the Tube(1993)』として知られる写真に写り込んだ、サブウェイ内のポスターにある「LIVE AND LET SPY」という文字に、当時彼は気づかなかったという)。作者が意図しないこの仕様は、おそらく1万部以上は刷られている本書にとっては誤差のようなものか。しかし天文学においても誤差は避けられない課題だ。従って、誤差を含んで進んでゆく。
four books. 45th Ed. / Wolfgang Tillmans (TASCHEN, 2025)
私の手元にある「特別」版によると、冒頭の「袋とじ」の中には、左ページには、頭の禿げ上がった黒人男性が「Don’t look down on anybody…」と書いたTシャツを着ており、その対向のページには彼の後ろ姿があり、Tシャツの背面には「unless you are helping them up」と続いている。このやや鼻にかかったセリフは、袋に綴じたままでもいいかもしれない。本のまだ、冒頭にもたどり着けない。