文: 浅見旬
言わずに話せ
Editorial|2026.09.07
THE MAN WHO / Carla Peer, Karlis Krecers (Building Fictions, 2025)
「HANABI」というフランス生まれのカードゲームをした。友人らを家に招いて食事をしたときのことで、食べるものをすべて食べ終えてから、手遊びにカードが配られた。小さいテーブルに4人掛け、ルール上、交わされる言葉は少ないが卓上には猛然と目配せが行き交う。それは、トランプゲームの「7(しち)ならべ」のような要領で、プレーヤーは一丸となって協力し合い、5つの色の花火の完成を目指すというもの。肝は、他人の手札は見えるが、自分の手札が自分では見えないというところにある。わたしたちは、運任せにカードを切るのではなく、それぞれに相手がどんな手札であるかを教え合い、順番通りにカードを繰り出して花火を完成させなければならない。当然、ルール上相手に教えられるヒントには制限がある。カードの「色」か「数字」のどちらかを、「ひとつ」しか言えない。そのため、プレーヤー同士に求められるのは(これがこのゲームで最も重要なのだが)ヒントとして与えられていないことに、どんな意味を持つのかを読み取る、ということにある。ヒントのないカードを、どう理解するか。このヒントが「いま」言い渡されたことにどんな意図が忍ばされているのか。推理、推測をつなぐ遊びだ。注意深くなることで、話されたことと同じくらい話されなかったことに意味を見つけてゆく。
こうしたカードゲームのためのカードは綴じられていないアートブックだ、と言うのはまるで言い過ぎだけれど、アートブックはときに知的な遊戯性をわたしたちに促す。スイス・チューリッヒのグラフィックデザイナー、カーラ・ピア[Carla Peer]とカーリス・クリーサーズ[Karlis Krecers]による作品集『THE MAN WHO』は、シンプルな構成でページが進む。1ページにひとつ「THE MAN WHO」からはじまるフレーズが収録され、これは1869年から2023年の間に文学、演劇、映画において、それらの語からはじまるタイトルで、全部で243点ある。例えば、〈THE MAN WHO LAUGHS〉〈THE MAN WHO TALKED TOO MUCH〉〈THE MAN WHO LOST THE WAR〉……といったフレーズが並ぶ。
THE MAN WHO / Carla Peer, Karlis Krecers (Building Fictions, 2025)
読み進めればまず、男たちにまつわる物語のタイトルの羅列を、頭で反芻して日本語に訳しながらそのストーリーを想像する楽しみがある。直訳はつまらないから、気の利いた翻訳ができないか⸺1ページ目の「THE MAN WHO LAUGHS」はヴィクトル・ユーゴーによる小説で、日本にははじめ『笑ふ男』と紹介されたらしい。旧仮名遣いに古めかしさと不穏が含まれていて、すごい⸺考えてみる。そうして1ページずつ眺めながらしていると、頭の中にひとりずつ男が乗り込んでゆく。だんだん、頭のなかは満員電車よろしくすし詰めになって、それもだいたいむつかしい顔をした中年が多いから暑苦しい。本の真ん中まで辿り着くまでに誰もが気付く(勘がいい人ははじめっから)。女はどこいった?
「大切なことは二つだけ。どんな流儀であれ、きれいな女の子相手の恋愛。そしてニューオーリンズの音楽、つまりデューク・エリントンの音楽。ほかのものは消えていい。なぜなら醜いから。」
ボリス・ヴィアン『うたかたの日々』(光文社古典新訳文庫、訳:野崎歓)
この、有名なまえがきの短いフレーズのなかのジャズマンは、いうなれば「The Man Who Swung」か。ヴィアンは、彼以外の男は(他諸々とともに)消え失せたっていいとして、美しい女性たちは名前も与えず(その辺をうろうろしていてくれといった感じに)書いたが、『THE MAN WHO』に収録された243人にしたって同じようなもので、つまり主人公の男以外はだいたいにおいて代用可能であり、彼は死なないし、死んだとしても物語の中心を譲らない。「THE MAN WHO…」と題されることで男は物語の真ん中に釘で打ち付けられているのだろう。その一挙手一投足、男らしく描かれるかそうじゃなければ女々しいと怒鳴られる。
THE MAN WHO / Carla Peer, Karlis Krecers (Building Fictions, 2025)
『THE MAN WHO』は、冒頭3語が共通しているタイトルを243個並べることで(つまりたったひとつのヒントで)読者に多くのことを示唆した。それは物語考であるし、この150年のうちに生まれた243人の男たちについてである。関係代名詞とタイトル・ネーミングの歴史にも目配せがあるだろう。英雄伝あるいは男性性・女性性について、ロゴデザイン史についても言及する。そうとは言わずに。
THE MAN WHO / Carla Peer, Karlis Krecers